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 神経質になってるのかもしれないけど・・
2011年06月12日 (日) | 編集 |
1か月ほど前、ある介護施設の方のお話を聞く機会がありました。
そこで、私にとって大変不愉快な一言がありました。

以前のブログで、
母がグループホームに入居して2年。
あの、気が狂うほど大変だった介護が
思い出になっている自分に気付いた・・

と書いたのですが
それを実感する一言でした。

父のことが無ければ、きっと気付かなかっただろうな
と思います。

「家族の会の方は、(介護)家族の気持ちを
強く言われます。」


これは決して、家族の会を批判して言われた言葉ではありません。
「公的な立場に立たねばならない場面でも
やはり家族は家族の目線から離れない」

といった意味でしょう。
言葉の前後のやり取りがありますから
この一言では何のことやらわからないと思いますが。
しかし、私は大変不愉快でした。

「そりゃ、あたりまえでしょ。私だって、そうだもん。
何が悪いの?」

と、叫びそうでした。

そして、はたと気付いたのです。
この苛立ちは、
今また、現役の介護家族となろうとしているからなんだろうな、と。


「介護ん!」の取材で、たくさんの施設に伺いました。
施設の方と、いろんな会話をしました。
今の状況だと、冷静に聞けないような内容でも
あのときは笑顔で聞けたし、話せたのです。
介護家族」ではあっても、「OB」だからです。

上記の施設の方の言葉も
OB」だったあの頃なら、さほど気に障らなかったかもしれません。

母の介護がどれほど大変だったとしても
いったん手を離れてしまえば、それは過去なのです。
その渦中にいるのとは、全く違います。

1からやり直すというのは
どんな場面でも辛いことですね。


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 介護の出鼻をくじくもの??
2011年05月20日 (金) | 編集 |
久しぶりに、仲良しの友人と食事に出かけました。

友人「ねえ、父が認知症みたいなの。
   早めに施設探ししたほうがいいよねぇ。」

私 「そうね、急には入れないからね。
   で、介護認定は済んだの?」
  
 以下色分け

「介護認定ってどうするの?それが無いと、何がいけないの?」
「施設に通ったり、入居したり、ケアマネさんに頼むにも
介護認定って必要なのよ。
お父さん、認知症って診断をされてるの?」

「ううん・・・。病院なんて行くわけないわよ。自分に悪いところが
あるなんて、ぜ~~~んぜん思ってないもの。」

「健診に行くって言ったら?」
「子どもの言うことなんか聞かないわ。怒るばっかりで・・・」

ああ~~~~わかる~~~~

病院で診断してもらうのって、ものすごく高いハードル。
だいたい、どうやって本人を病院に連れて行くか・・・。
我が家もあらためて苦悩しています。

もうひとつ、友人と一緒だった悩み。
「認知症」が世の中に広く認識され始めたのはいいんですが
認知症を診断するテストの中身をテレビ等で
散々流してくれるものだから
そのテストを受ける本人が、何のテストか解ってしまう
・・・んです。

うちの父も、先日入院中、私がこっそり先生に頼みこみ受けさせたら
激怒!!!!!
「認知症のテストをした。人をバカにしやがって。」
と・・・
収まりがつかないので、事故にかこつけて
頭でも打ってたら心配だから、私が頼んだ、というと
「頭なんか打ってない。認知症だと思ったんだろ。」
と、ますます怒る。

友人も
「うちの父はNHK大好きでよく見てるから、知ってるのよ
あんなもん受けさせたら、どんだけ怒るか・・・」

と、大きなため息。

友人と話しながら
母の認知症で、一人前の介護家族のつもりだった自分
改めて気付きました。
母は母、父は父。全く違うのです。
そして痛感したことは

「のど元過ぎれば、熱さ忘れる」

どんなに苦しい思いをしたとしても
実際その渦中にいるのと、OBとでは全く違うということ
父の介護に直面して初めて
母のあの、忌わしいほど苦しい介護が、
思い出になっている自分
に気付きました。
(もちろん、そうではない方もいらっしゃいます。
あくまでも私のことですから、誤解の無きよう。)

思わず友人に
「あんな苦しい介護でも
のど元を過ぎちゃうと、熱さを忘れるみたい。
なんか、介護OBで、知ったかぶってた自分が
恥ずかしくなってくるわ。」

「まあ、知らないよりまし・・ってことか」
と苦笑いする友人。


さらに困ったことは
我が家の場合は、結果が良く(というより、出なかっただけ)
「こんなに良い結果。大丈夫です。」
と先生が、私より先に本人に言ってしまったこと。
間違いなく父自身、不安があった様子で
「脳トレ」に必死で取り組んでいたのですが
先生の言葉に大いに安心し、それきりやめてしまいました。
今では見向きもされず、ほこりまみれの「脳トレ」です。
おかげで以前にもまして、
・・いいえ以前とは比べ物にならないほど
病院に連れていくハードルは高くなりました(泣)


そして友人は・・・
偶然ですが、父が調べてもらった病院がかかりつけらしい。
ということは
「認知症の早期発見なんて無意味です。
どうせ進むんだから、いつ発見したって一緒です。」

とのたまった、あの、自称「認知症専門医」

「うわ~~。だめだこりゃ」
二人で叫びました。


介護の情報は確かに必要。
知っているに越したことはありません。
でも、その前に立ちはだかる
「本人の意思」
これが最大の難関です。
いくら情報をたくさん持っていても
ここを乗り越えなければ、何一つ進みません。
改めて感じています。

う~~






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 若年性認知症の家族会
2011年01月10日 (月) | 編集 |
認知症の人と家族の会 土曜日のつどいが
一昨日ありました。
「行ってみたいけど、
若年性認知症の主人と24時間一緒にいて、
連れていくのもどうかと思い諦めました。

と以前おっしゃっていた方が
今回初めて出席されました。

どうなさっているかと
時々思い出しては、気になっていたので
大変嬉しかったです。

その方が、
「若年性認知症の家族会の様なものは
岡山にはないのでしょうか?」

とおっしゃいました。
他県では高齢の認知症とは別に
若年性認知症の家族会が
立ち上がっているところもあるようです。

施設取材をする中で、何人も
若年性認知症の方を見ました。
きっと、情報もなく困っている家族が
たくさんいらっしゃると思います。

岡山でも立ち上げる必要がある
と、私も感じています。

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 「家族の会」土曜日開催 大成功!!!
2010年09月18日 (土) | 編集 |
9月11日土曜日
「認知症の人と家族の会」倉敷支部のつどい、
初めての土曜開催でした。

始めて参加された方は5人。
仕事をしている、30代、40代の方ばかりでした。
それぞれの悩みや苦しみを打ち明け
知らなかったことを教えあい
「またぜひ参加したい」
と、参加した皆さんが言ってくれた、
いいつどいになりました。

「家族の会」でも、今回の反応が大変よかったので
今後は2~3カ月に1度の間隔で
継続して開催をしていくことになりました。

つどいの後、時間のある人たちで
一緒に食事をしながら、介護の愚痴など言いあいました。

「5分おきに冷蔵庫を開けて食べるんですよ~。
もう嫌になる・・・。


「あ~~!家もそう。ほんと、キィ~~ってなるよね。」

みんなで笑いながら日頃のうっぷんを吐き出します。

ぽつりと誰かが言いました

「話だけを聞くと、笑い話なんですよね。
当事者は本当に大変で、辛くてしょうが無いのに・・・。


そう、その通りなんです。

こうしてお互いの話に大笑いしていても
それぞれが似たような苦しみを味わって来た仲間だから
その笑いの中にある「涙」が見える。
言葉にしなくても、笑い話の中の
つらい気持ちを理解しあえる。
だから、腹が立たない。


親しい友人の前でふと口にした介護の愚痴に、
プッとふき出された時
私は、激怒しました。
自分でも止めようがない怒りでした。

友人は介護の経験がありません。

同じ話をして、同じように笑われても
介護家族同士だと、
反対に気持ちが和んでしまいます。

それは、「誰も分かってくれない」と
かたくなになっているのではなく、
「私だけじゃない。この人も同じなんだ。」
そういう共感の気持ちです。

自分がどんなに苦しいか、どれだけ大変かということを
理解してくれる誰かがいれば
人はそのつらさや苦しさを乗り越えられるんだと思います。
周りの人達の、無理解や無関心ほど
生きる力を奪うものはありません。


同じ笑いでも
理解のある笑いと
理解のない笑い

その違いなのかな、と思います。


一人で思いつめ、死んでしまいたいくらい悩んでいる
介護家族の方が、大勢いらっしゃるはずです。
一人でも多くの方が参加できればと思います。

「家族の会」には、誰にも言えないその気持ちを
理解しあえる仲間がいますから。





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 これが、介護家族の気持ちです。その②
2010年07月11日 (日) | 編集 |
ではでは続きです。

前回書いたようないきさつもあり、
私は母を母として愛することが出来ませんでした。

そんな母がアルツハイマー型の認知症になりました。
「どこまで私を苦しめるの」
そう考えることしかできませんでした。
元々の病気の症状が、認知症によって更にひどくなります。
手には負えません。私の方が気が狂いそうになります。

「もう家族でみる限界はとうに超えています。入居を考えましょう。」
最初に入居を言いだしたのは、ケアマネさんでした。
その様な状態でも、私の中にはまだ入居という考えはなかったのです。
それは、世間体でも何でもなく(親せきにも入居を勧められていた)
家が大好きで家から絶対に離れない、家以外では寝られない母を
家から離すなんて考えられなったからです。
家で私が介護したい、というのではなく、
家や家族がわかるうちは、家に居させてやりたかったからです。
これほど好きな家から出すなんて、かわいそうでならなかったのです。


愛せない母でも母は母。
憎しみや恨みが無いと言えばうそになります。
しかし私を産み、育ててくれた、たった一人の
かけがえのない母には変わりがありませんでした。


思いきれない私の背中を押してくれたのはケアマネさんでした。

グループホームの空きがあり、もうここで決めるしかない、その瞬間にも
私は非常にためらいました。
でももう確かに、これ以上家で介護が出来る状態ではありません。
決心し、申込書を書きました。

「私が決めた。」
たとえようも無い大きな罪悪感がのしかかってきます。
「今なら、断れる。」
何度もそんな気持ちが頭をかすめます。
でももう確かに、家族の疲れは限界を超えていました。

その日いつもと変わりなく、デイサービスから返ってきた母。
私は母の顔を、まっすぐ見ることが出来ませんでした。
明日は、母がこの家で過ごす最後の日。
生きて再び母がこの家に戻ることはもうありません。
母にとって、最愛の我が家との、今生の別れです。
そして、そうしたのは、ほかならぬ私なのです。

入居当日、グループホームに行くとは告げず、連れて行きました。
後で私が迎えに来ると信じて疑わない母は、車に自分の荷物を置き
「荷物は置いとくわ。迎えに来る時持ってきてね。行ってきます。」
と言ってグループホームに入って行きました。

「なんてことしたんだろう。私は・・・」
冷酷な、鬼のような娘に、自分自身が感じられました。

ただただ母に申し訳なく、自分を責める気持ちが
どんどん、どんどん湧いてきます。

母のいない家はがらんと広く、静かでした。
息子が一緒に居てくれたのがせめてもの救いでした。
かろうじて平静でいられたからです。
この時私は、今までの人生の中で、味わったことのない
巨大な罪悪感にとらわれていました。

その後しばらくは「荷降ろし症候群」とも「燃え尽き症候群」とも言われる
状態になりました。
家事も仕事も手につかず、家族に話しかけられても気がつかず
ぼんやりと部屋に座ったままでした。
半世紀ミシンを踏み続けた母は、認知症になってもミシンを踏み、
縫うものは元気なころと変わりのない素敵な出来栄えでした。
そんな、母の縫ってくれた小物や服を見ると、涙が止まらなくなりました。

母は幸いグループホームが合い
家に居たころより格段に状態が良くなりました。

「お母さんに、最高のプレゼントをしましたね。」
と、ケアマネさん、親戚、家族の会の皆さんなど
多くの方に言って頂きました。
私もそう思います。

しかし、今でもやっぱり心の中に罪悪感が残っています。
それはきっとどんなに良い結果であってもそうなのでしょう。

精一杯、その時の自分に出来る最善を尽くしたとしても、
やはりどこかに悔いが残る。
それが介護だと、聞いた記憶があります。

家族を施設に入居させる。
それぞれの家族に、それぞれの事情がありますが、
苦しみぬいた末の、苦渋の決断だということには変わりありません。
喜んで家族を施設に送る家族はいません。
様々な葛藤があり、迷い、悩み、罪悪感にさいなまれながら
それでももう、他には選択肢がない。
そんなぎりぎりの状態で、ようやく決断するのです。
家で一緒に生活出来るのなら、一緒に居たいのです。
だってもう、人生の最後なんですもの。
家族なんですもの。

母とは、普通の親子関係を持てなかった私でさえそうでした。
仲の良い家族であれば、なおさらでしょう。
その苦しみは、察するに余りあります。

ネットの書き込みで見た「施設に入れっぱなしの家族」
といった様な表現にはとても傷つきました。
そこまでに至る背景があることを知ってほしいと感じ長々と書きました。

家族の気持ちを少しでも理解して頂けたら幸いです。





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